唯一不変なるものは、無始無終なる真理だけです。よって、真理に適わないものは全て、変化するものとなります。ですから、‘正しいもの’とは、真理に叶っていて、二度と変更する必要のないものであり、そうでない‘不正なるもの’とは、いつか必ず訂正しなければいけなくなるものです。ですから、行為を選ぶ場合・計画を立てる場合・何かを決心する場合は、いずれも全て、正しいものでなければ、いずれいつか、目的や方法を変えなければならくなります。世の中には、宝石と呼ばれる価値ある石と、道端や海岸に落ちている普通の石塊等がありますが、宝石と普通の石とを分け隔てる重要な部分は、単純な同じ波動を常に出し続けるか否かの違いにあります。単純な同じ波動を常に出し続ける方が宝石の方で、そうでない方が、普通の石の類です。しかし、この時、同じ波動を出し続ける事と,同じ行為・同じ念波を出し続ける事には、相通じるものがありますが、同じ事を繰り返す事のできる資格は、後になって、やり直したり、訂正したり、しなくてもいい、「真理に叶った正しいもの」でけなのであります。何故ならば、正しくないものは、何時か訂正しなければならない時が来て、変えなければならない、つまり、同じ事を、続けられないからであります。此の同じ繰り返しこそが、開運・幸運・強運に自分を育てることの出来る方の、選択肢なのであります。それ故、後になって計画の変更等を強いられる事のない真理に叶った正しい事を選んで、毎日を生きて行く事は、大変大事な事なのです。
周囲の環境と正反対に生きる。
例えば蓮華の花は、泥沼に根を下ろしながらも、水面上には、しっかりとした綺麗な花を咲かせます。この蓮華の花の様に、周囲の環境に毒されず、悪の中にあっても悪に染まらず、因縁に触れても因縁に染まらないような正しさで善を求め、真理を求め救いを求めて一生懸命に生きていると、自分と周囲とのギャップが新しい何かを生み出します。その泥沼の様な周囲の環境にもめげずに蓮華の花の様な美しさを此の世に実現できたなら、それは素晴らしい事だと思います。そこにこそ、神様や仏様の御許しが下されて、そう言う人を通して、その環境を越えて、その人も含めて世界を救う様な神仏が御降臨くださるのではないかと思います。
又、宇宙法則に生きる方法では、自分と自分以外とでは2つで1つ、よって自分は何か問題が起きた時などは、「自分は周囲の環境と正反対に生きる処にのみ、神に生かされる道が拓かれて、‘全ての災いと、正反対の処にある全ての幸福’と同居するのだ。」と、いつも自分に言い聞かせる習慣を日頃から努力する事が大切だと思います。
<参考>自己実現:自分にとって‘自己’と言うものは、プルシャ(彼岸)の世界にある真我と、絶対の世界にある本当の自分(絶対者=アートマン)が、真に信頼できる自分であって、因縁の世界(此岸)にある姿は、仮に在る姿なので、当てにならない。故に、此の世的にどんなものを手に入れても、どんなものを築き上げても、たとえどんな成功を実現しても、それに堕ちて行かないようにも、同時に努めなければならない。と思っています。
此の世にあっても、一番評価されるべきものは
(1)「因縁の無い自由」と言う幸福であり。次に評価されるべきものは、
(2)「因縁が解けて来る」幸福であり、第三番目に評価されるべきものは、
(3)「因縁を越えた守護」のある幸福であります。
この、最終的に「因縁の無い自由」と言う幸福を手に入れる為に努力を重ねて行く事が、私にとっての自己実現{「成功」(=満足)に必要な自分の為の環境づくり}であります。
現実の世界での目先だけの幸福や成功は、直接、地獄に堕ちて行く錘に成り兼ねません。又、それを手に入れる為に、‘人を蹴落とし’‘他人のものを奪い’‘人間同志が闘い’‘人を呪い’などとして来たものは、地獄に堕ちて行く因縁となる事を自覚しなくてはなりません。
ここに書いた‘自己実現’は経済界の人達の多くが試みている「自己実現」と言うものとは、本質的に多少違いがありますが、ヨーガ(精神統一の修行世界)の方では、プルシャの真我に目醒める事が‘自己実現’と呼ばれているものであり、それは、先づ何よりも先に目指すべきものなのです。
いつも限り無きプルシャのDHARMAに繋がっておく事の重要性
此の世は、カルマの世界なので、たとえ到彼岸をしても、魂の主体はプルシャの世界で、プルシャの次元で活動しているかもしれないが、肉体は依然として此岸にあるままです。ですから肉体を持って地上で生きている限りは、その生活の全ては、因縁の世界の法則に従っています。よってその肉体は、たとえ悟りを開いたり、到彼岸したりしても、いつも普通の人々、つまり悟りを得たり、到彼岸を得たりしていない人達と同じように、問題が生じたり、厄災がやって来たりしますので、いつも心を神様の世界に繋げておく事が大切な訳です。
そこで、因縁の世界の性質をよく知って、悟りを開くにも悟りが開ける縁を整える事が必要でしたし、彼岸に到達するにも、その準備が必要であったりしましたのと同じ様に此岸に居ても、彼岸にある‘限り無きプルシャのDHARMA’の処にいつも心を統一しておく事が、救いを求める上で一番大切なのです。もしその肉体に、プルシャが顕れるのに相応しくない行動が続いたりしたら、やはり此の世は、カルマの世界なのでカルマの法則が働いて、その肉体はプルシャが顕現しているのに相応しくないようになって行くでしょう。そうすると、これは、全ての人間の元は純粋なプルシャ(カルマに汚れていない神様の様な存在)であったにも関わらず、因縁に堕ちて苦しんでいる普通の人々と、全然変わらないことになってしまいます。ですから、たとえ、悟り(絶対智)を得た人でも、到彼岸を達成した人でも此の世に居る限りは、いつもそれを得るのに努力して来た時と同じように同じ努力をし続ける事が必要なのです。
日常生活の全てが悟り(プルシャの叡智)三昧になるには、やはり、心を統一できるものから。
せっかく彼岸の智慧を得たのだから、それを常時、生活の中で保つと言うのですが、矢張り、神前勤めや、沈思黙考できたりする時は良いけれども、生活の手順に追われて仕事や作業の忙しさが先に立って、心が統一しにくいとか、街で道路をあるいていたら横断歩道の信号機に出会うと、何か‘ボーッ’と考えて歩いていたり何かに心を集中していたりしていたら危険だとか言う問題が現実にはあります。ですから、手始めには、一日の内の一定時間を、自分の得意なもので、心を集中できるものとか、自分の好きなものを一所懸命になることができて、心がそこに統一されているとかと言うものの為に確保すると良いでしょう。体を動かさずに心を集中できる事が何よりも一番良い方法なのですが、それが神前の勤めや、直接‘限り無きプルシャのDHARMA’に対して心を集中する時以外の場面では、試みて行くのに相応しい対象になると思います。最終的には、日常生活の全てがいつも‘悟り’や‘救い’に満ちていて、喜びが溢れている様な事を目指したいですが、取り敢えずは、先に述べたように日常生活を自分の好きなものと得意なものが‘悟り’や‘救い’を伴って満ちて行くようにすると毎日の生活がものすごく楽しくなって行く事は間違いありません。
又、言うまでもない事ですが、神前勤めの時間や、沈思黙考又は、直接‘プルシャのDHARMA’に心を向ける時間や、自分の得意なもの、好きなもの等、そして特に、体を動かさずに心を集中できるものに確保する時間は、多ければ多い程良いと思っていいでしょう。そうする事によって1日の内で不得意なものに割く時間、不愉快なものに奪われる時間等を計画的に、そして、積極的に少しでも減らして行けるのです。但し、不得意なものも、不愉快なものも最終的には、自分の得意なもので培った問題を解決する能力や自分の好きな事を徹底してやって得られる一種、宗教修行の練達から得られるような功徳等で克服していくのですがそれには仕事・勉強・趣味の中に自分の好きなもの得意なものを見出して行く事も大切なこととなるでしょう。
限り無きプルシャのDHARMA
私の促えた限り無きプルシャのDHARMAとは、宇宙の動きや生成消滅に、全く影響を受けずに存在する、‘神の智慧’とでも言うべき、全ての基本となり元となる叡智であり、全てのものが、それが理想に成長して行く道標となり、原動力ともなる叡智であります。
又、これは絶対的存在(最も根元的な存在と言う真理=絶対神)ではなく、それを語る為の叡智でもありません。これは、動きの内に完全を見出す叡智であり、全てを‘完全’に導く為の叡智であり、「絶対の悟り」とは対称的に動いている叡智・働く叡智・動く為の叡智・働く為の叡智であります。
又、これは真我(プルシャの自在神)の持ち合わせている叡智でもなければ、他の単なる一神霊の持ち合わせている叡智でもありません。或いは、宇宙の叡智と呼ばれる類のものでもありません。そして、この‘神の世界(神霊の世界)に存る叡智’は不可分であり、その一部分と全体とは同じものであります。よってこの叡智の一部分でも正しく知る者は、この叡智全体の性質も推し量る事が出来るのであります。
又、この叡智と共に存る境地の人は、自然と因縁が解ける境地にある人です。又、その人は、プルシャの愉悦と共に存り、えも言われぬ幸福感に満ち足りています。その叡智のある場所(領域)は、輪廻を越えた彼岸の世界であり、明るい光と共にあります。
この叡智は、我々人間の生活を、どのようなものでも全て、それ(ぞれ)が持つ理想に築かれる様に働いてくれますので、我々はこの叡智を恵みとし、そして行動する時は、いつも、この叡智を頼りとして行動すると良いでしょう。その努力の結果は、必ず良い姿となって顕れて来ると思います。
絶対の悟りの場合は、此の世の全否定を通して、絶対「空」の悟りを得て、その悟りの境地が持ち合わしている悟りの意識が、全肯定(宇宙愛を伴って、全ては自分であると言う意識と同時に、全てを許す意識=宥和の意識)を達成しますが、此の世に直接働きかけて、直接此の世を動かすタイプの叡智(悟り)ではありません。それに対して、彼岸世界に入って初めて得る事のできるこの叡智(限り無きプルシャのDHARMA)の性質は、厭世的ではなく、現世を肯定的に促え、積極的に取り組むのに適しています。ですが、この叡智は、彼岸の世界にのみ存在するので、追い求めて因縁の世界に堕ちて行くものではありませんが、現実の世界には無常を観て行為の結果が因縁の世界に堕ちて行く事にならないように、いつも充分な注意を払う事が必要です。行為の結果は、人々(多くの人達)が、喜び・救われる事に貢献できたり、優秀な人達をより進歩させる為の養育や、逆に此の世で全く恵まれた境遇に育っていない人達等の此の世の底辺の生活に苦しむ人達の援助、又は、大きな争いや国同志の戦争などを抜本的解決する事の為等に活用し、自分の魂が徳を積めて彼岸の世界に渡って行けるように、或いは、そこで過ごせる様に、又、そこで過ごすのがふさわしいように、最初から計画しておくべきであります。決して自分の強欲を満たす事の為のみに活用すべきではないでしょう。何故ならば、矢張り最終的な目標は、「因縁の無い自由」と言う幸福を得る事に、自分の全てを繋げておくべきであり、現在のその瞬間は、いつも因縁が解けて行く幸福と共にあるべきだからであります。少なくとも、因縁を越えた幸福を得るには、宇宙を創った神様や宇宙を越えた神様方の意志に叶った自分達の心や言葉・行為・目的・計画である事が、正しい神様方に正しく導いて載ける自分達の存り方だからです。
ところで、たった一つの智慧である「絶対の空」の悟りと、全てに万能の対応を見せる、‘限り無きプルシャのDHARMA’と言う「無限の叡智」とは、その悟りの性質は、対称的であります。「無限の叡智」の方も、‘全て’と言う‘一つ’の叡智であり幾つも幾つもが、あちらこちらにあって、それを一纏めにして、‘一つの叡智’と言っている訳ではなくて、‘一つの叡智’が色々な働きを可能にするものを含んでいるのであります。又、これは、色々な働きが混然一体となって、一つの叡智を形成している訳ではなくて、そのような(働きに分け隔てがある訳ではなく)一つの叡智が、様々な用途・方向に対して、無限に展開して行くように働くと言うか、無限に発展して行く元となる叡智のように思います。
又、「空」の悟りを得た人が「定」に入って、此の世を動かすような大きな力を働かせますが、その時の「力」とは、又、この場合は、違うのであります。“彼岸の力”と言うのは、“因縁が解けて行く力”でありますので、霊の世界(=宇宙創造後の世界即ち、顕界、或いは、輪廻の世界)で“力”を発揮するのと、彼岸世界(=宇宙創造以前の神の世界)で“力”を発揮するのとは、矢張り、エネルギーの質自体が違うのであります。プルシャのエネルギーの方は、暖かくてMILDです。大神通力を興す、虚空の方は、崇高さや純粋さ(透明感のある)は、あっても彼岸のエネルギーの様な暖かくてMILDな感じは足りないように思います。“神の愛”や“仏の慈悲”と言うのを理解するには、プルシャのエネルギーに触れる機会を多くもって、それを自分の肌で直接感じとって、その暖かさや優しさを知る事がお勧めできる方法です。神様は、宇宙創造以前の彼岸世界に住んでいらっしゃいますが、全て、プルシャの智慧・プルシャの力・プルシャの愛と言う風にプルシャの性質でいらっしゃいます。それ故に「神様の力」には、プルシャの性質の智慧とプルシャの性質の愛があり、「神様の智慧」には、プルシャの性質の力とプルシャの性質の愛があり、「神様の愛」には、プルシャの性質の智慧とプルシャの性質の力がありますので、それぞれの相関関係から「神様の愛」についても、比較的理解に入って行き易いのであります。
限り無きプルシャのDHARMAとは、無限の叡智・神の叡智だと、理解しておくと、判り易いと思います。宇宙と神との差は、有限と無限との差があります。それ故 宇宙の叡智と、神の叡智との差には、その価値観に、無限大の隔たりが認められるのです。たとえ、宇宙の一切を手に入れたとしても、神様の価値観からすると、は、ほんの「点」の様な存在でしかありません。
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